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深夜の音楽鑑賞
実家にきて、もう半月ほど。実家といえど、普段生活していないだけに勝手が違って、じっくり何かする気分にはならない。テレビさえみていないな。おチビたちと一緒にいる時間がおおくて、彼らは私を友達と思っているので、それに合わせているからだろうけど(笑)
さすがにちょっとくらい文化的なことをしておかないと、自宅に戻ってから製作用の頭が働かないかな〜と、ここのところ眠る前に音楽を聴くことにしている。
いつもウチでは音楽主導権はオイラ(チャンネル主導権は私・笑)なので、つるっと持ってきた私のiPodに入っている曲といったら、昼間に聴いて楽しいようなリズムのある明るい曲ばかり。とろとろと眠りにつきたいのに、静かなアンビエント系とかクラシック系とかサントラ系とか全然入れてきていなかった(苦笑)
なもんで、とにかくなにかないかしら〜と探していたら、Burt Bacharach 発見。生演奏の素朴な感じがちょうど気分にぴったりで、それから毎日、しご〜くボリュームを小さくして密閉型イヤホンを耳に突っ込んだままスリープタイマーで眠りにつく日々が続いている。
その後、Ennio Morricone の「WALTZ BOSSA NOVA」とか、Doris Day の「Sentimental Journey」「Tea For Two」なども見つけたのでゆったりした気持ちになりながら眠る前の音楽鑑賞を楽しんでいる今日この頃。
Posted by tito, [ 音楽 ] 2006年03月11日(土)23:00 | コメント (0)
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窓の外、雨降り
今日は雨降り。なんだか身体がだるい。先日からの睡眠不足がわざわいして体内時計がくるいっぱなしなのだ。リセットして調整しようにもこの雨じゃ太陽光も浴びられない。昨晩は眠くて眠くて日付が変わるころベッドに入ったのに、真夜中の2時には目覚めてしまった。まるで昼寝だ。このだるさのせいで気分まで沈んでいる。
まずは熱いコーヒーを飲んで頭をスッキリさせようと思ったけれど、ミネラルウォーターをきらしていた。ミネラルウォーターでコーヒーを淹れるということはウチで唯一ゆるされた贅沢なのだ。それを却下されて、出鼻をくじかれたような気になり、お湯を沸かす気力もなくなった。豆乳をすすりながら、気分を変えようと音楽をかけることに。何にしようかな。明るくて陽気で元気が出そうな音楽にしよう。iTunes を立ち上げて『Sergio Mendes & Brasil '66』を選んだ。
シャッフル再生になっていたので、たまたま“Night And Day”がかかる。ぼ〜っと座って聴きはじめた。ラウンジチックでちょっとオシャレでポップなメロディ。これは気分が変わるかも。だんだん盛り上がってきた。
サビ部分にはいった。Night And Day〜♪。あぁ、やっぱりまだダメだった。こんな気分の私には「悩んで〜」と聞こえてしまったから(苦笑)
でも流れてくる心地よい音楽に耳をかたむけているうちに、だんだん頭もはっきりしてきた。つぎつぎに優しい歌声が流れ、“Mas Que Nada”ときて、ビートルズの名曲“Day Tripper”ときた。ここまでくればもう気分は元気はつらつ!!なんだかうきうきしてきちゃった(笑)
少し元気になった気分。小粋な音楽のおかげで、「だるい寝起き」が「雨降りのけだるい午後」にはなったかも(笑)
さ、お風呂にでもつかって製作はじめよっと。ラララ〜♪お風呂で歌っちゃうな、こりゃ(笑)
Posted by tito, [ 音楽 ] 2005年02月16日(水)16:01 | コメント (0)
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今日はこの曲
今朝のBGMはボサノヴァの神様 ジョアン ジルベルトが歌い奏でる Aquarela do Brasil。この曲を聴いているといつでもゆったりリラックスできる。とてもお天気が良いので余計にそんな気分なのだ。
こういうのんびり生活をするようになってから、ことあるたびに自分の気持ちを分析する分析癖がついた。もちろん専門的知識などないので、自分の好きなように解釈して、きっとそうだ、と勝手に満足しているだけだけど(笑)
ブログ何を書こうかな、と思いつつコンピュータを起動させ、まずはBBSをチェックした。なにかお書き込みあったかな。
お客さまから、作品が到着したとのご報告。お買い上げいただいたお客さまの側なのにこんなに親切にお書き込みくださって…と早速感動。しばらくお返事を考えて、やっとレスをつけさせていただいた。
その後、何気なくこれまでのお書き込みを読み返していった。昨日も一昨日も一昨々日もそのまたずっと前の日も、ずっとずっと、お客さまからの思いやりのある優しいメッセージの数々が並んでいる。ひとつひとつその時々で感動していたけれど、またあらためて目にして、胸が熱くなった。私はものすごく幸せ者だな、有難いな、と。
チトセトラにお越しくださるみなさんは、本当に親切で善良な方ばかり。チトセトラをはじめる前の私はものすごく意固地になっていて、世間は冷たいもの、世知辛い世の中ね、と完全に思い込んでいた。オイラにも、考えすぎじゃない?といつも言われていた。それがこの2ヶ月ほどの数々の温かいやりとりによって解きほぐされている。このことだけとってもチトセトラをはじめられて、こんな私にはよかったのかもしれないな。
お客さまから、作品が気に入りました、というお言葉をいただいた時、大事に作っていてほんとうによかったと思える。だけれどその反面、まだまだ私にはこだわりが足りない、と思う。自分らしく作っていけることはものすごく大事だと思っているけれど、技術や知識はもっと向上させたい。追いつめると何も手につかなくなる私の習性は重々承知しているので、リラックスして楽しみながら製作していくのが、今のところ得策だと思っている。これでは私の憧れ「芸術の域に達する手作り作家」になるには、まだまだ、まだまだ、まだまだすご〜く、遙か彼方ほど遠いけど(笑)日々、いいのよ、いいのよ、それでいいのよ、少しは進歩したんだからと自分を励ましながら、この素敵で幸せで有難いチトセトラライフを送っているのだ。
ブログを書こうという時はだいたい、前日に書いたつたない文章を読み返す。今日もいつものごとく読み返した。自分の失態が写真入りで載っている(苦笑)あはは、あははの笑い話だけど、これって注意散漫、こだわりが足りないってことの証。気持ちが沈みこまない程度に反省して、また作ればいいんだよって、自分に言い聞かせる。
さ、音楽でもかけましょ、と気を取り直してそこでかけたのがこの曲。
ジョアン ジルベルトは自身の演奏や演奏環境へのこだわりが強くて、それを理解して聴いてくれる聴衆に対しては感謝のあまりライブ中に長時間フリーズ(胸に手を置いたまま一切の言葉を発せず30分とか全く動かなくなるらしい)してしまうほどらしい。
そんなこだわりを持って歌っているのだと以前どこかで知ったので、私もそのこだわりに少しでもあやかれないものか、という気持ちが今日この曲を選んだ理由かな、と思うのだ。もちろん曲自体も大好きなのには違いないけど。
こだわりや思い入れというものは、作品やその人の物腰、身の振り方にかならず反映されていると思う。そう思うからこそ、もっと私はこだわらなくちゃ、と思えてくる。
う〜ん、だけど私に必要なリラックスとこだわりというのはある意味対極のように思えるけど…。
あ、でもこの曲はものすごくこだわりのある人が歌っているのに、こんなにリラックスさせてくれてるのか。ってことは両立可能ということなんだ。だったら後は私の力量次第ということ?(苦笑)リラックスだけは結構得意になってきたんだけどな(笑)
だけど、ジョアンジルベルトって知らない人がみたら、偏屈じいさんにしか見えないのかも。私も長年かけて偏屈ばあさん、め〜ざそっと(笑)
Posted by tito, [ 音楽 ] 2005年01月19日(水)12:02 | コメント (2)
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